神社 仏閣 教会

八阪神社(下之宮)

唐人澪まち歩きの途中大正区三軒家東で「八阪神社」。 此の地では最も早く守護神として素盞鳴尊を勧請した神社と伝えられ、当社地から北西600mほどにも「八坂神社」が鎮座して両社合わせて「八坂神社」とされる様ですが、こちらは「下之宮」あちらは「上之宮…

朝鮮通信使が見た大阪 ~講演会並びに街歩き~(後半)

「朝鮮通信使川御座船を考える会」講演会と街歩き会、後半の街歩きに出ます。 全体の流れは「唐人澪」と言われ埋め立てられた旧尻無川跡道を歩きますが、2017年11月4日 同会で行われた「~水の朝鮮人街道~ 『唐人澪』探訪ウオーク」の南北逆コースを巡る事…

サムハラ神社

阿波座まで来たので帰りは霊験あらたか「サムハラ神社」に立ち寄り。 祭神は「天之御中主神」「高皇産霊神」「神皇産霊神」の造化三神、その三神が一体化した護符が「サムハラ」とされます。 サムハラ神社は、岡山県津山市加茂町の小さなお社を地元の田中富…

松風山・西運寺(狸寺)

京阪・観月橋駅から府道7号京都宇治線を東に200m、浄土宗知恩院派のお寺、本尊は阿弥陀如来、石段を上がった御堂には世継地藏菩薩が祀られています。 1596年に雲海大和尚が向島橋詰町に創建、1686年現在地に移転し以後度々住職が変わり一時は荒廃したが1883…

指月山『月橋院』

京阪・観月橋駅から府道7号京都宇治線を少し東に行った道路沿い「泰長老 地蔵堂」の府道を挟んだ向かい。 曹洞宗の禅寺、ご本尊は釈迦如来。 創建・変換の詳細は不明の様ですが、以下京都市の駒札に 【当院は指月山月橋院といい後崇光院太上天皇(一三七二年…

泰長老 地蔵堂

京阪・観月橋駅から府道7号京都宇治線を少し東に行った道路沿い、駐車場の一角にお化粧地蔵尊。 由緒謂れは地元の方に聞いてみないと分からないのですが、京都府宮津市周辺や福井県小浜市など日本海側と青森県津軽地方独特のお化粧地蔵尊、京都市内にも探せ…

6月21日は『本能寺の変』

1582年6月21日(天正10年6月2日)は本能寺の変です。 京都 本能寺に滞在中の織田信長を明智光秀が早朝襲撃した事件で、明智勢1万3000の内寄手の兵3000余騎に対する織田方は数十から最大でも200と云われ衆寡敵せず本能寺に火を放って織田信長は炎の中で自害し…

与謝蕪村銅像

外出自粛近場旧跡巡り「渡辺の綱・駒つなぎの樟」から7ヵ所目は、少し遠出に成りますが淀川神社境内に2016年1月 生誕300年記念で除幕された「与謝蕪村銅像」。 何時もは城北通りから銅像の頭を後ろからチラッと見てるだけなんですが淀川神社境内から見学。 …

淀川神社

与謝蕪村銅像の置かれた淀川神社。 淀川神社としての創建は1953年で百年にも満たず歴史の浅い神社でも数百年を数えるのが神社の常ですが、もともと同地には古くから淀川の治安を司る役所が置かれ、その守り神として十五神をお祀りする十五神社が開かれていて…

楠玉神社

「渡辺の綱・駒つなぎの樟」楠龍王大神社の大樟木を挟んで東側に小さなお社が鎮座していて、2000年まで同地で操業していた日本製紙都島工場内にお祀りされていた「楠玉神社」です。 2000年3月、前身の帝国製紙が1914年創業以来の歴史を閉じた際、この地に遷…

渡辺の綱・駒つなぎの樟

自粛延長で3月末からの近場旧跡巡り6ヵ所目、買い物ついでに「渡辺の綱・駒つなぎの樟」。 当地が善源寺荘と呼ばれた平安中期、善源寺荘を領した源頼光が1909年「櫻宮」に合祀されるまで旧善源寺村の産土神社としてお祀りした「八幡大神」が鎮座したところで…

櫻宮

「浪花百景」「摂津名所図会」などにも描かれ都島区地域名「桜宮」の由来とも成ってる大川沿い堤上、江戸時代から続く桜の名所「櫻宮」、主祭神は 天照大御神、八幡大神、仁徳天皇。 創始は東生郡(東成郡)野田村小橋・櫻の馬場(現在の都島区と城東区境の…

野江水流地蔵尊

大阪市北部一帯に未だに伝わる明治18年の淀川氾濫大洪水、被害の大きさから新淀川開削に繋がり、その新淀川である現在の淀川は開削以来110年間一度も氾濫を起こしていません。 その明治18年淀川氾濫大洪水時、当地に流れ着いた霊験あらたかなお地蔵さんが「…

野江水神社と榎並城

境内桜のお花見に来たついでに元旦年変わり以来のお詣り。 ついで参りと云うと宮司さんに怒られそうですが、私は基本的に無神論なんで悪しからずです。 さてその野江水神社ですが、ご祭神は「水波女大神(みずはのめのおおかみ)」、日本書紀では「罔象女神…

押絵『西国三十三所観音霊験記』と生人形

本来なら3月2日まで開催の大阪歴史博物館・第128回 特集展示「押絵『西国三十三所観音霊験記』と生人形」、明日から新型コロナ閉館だそうで最終日に成った2月28日結構慌てて鑑賞。 明治期の生人形師・松本喜三郎の代表作「西国三十三所観音霊験記」の意匠を…

寿福山『仲源寺』

四条通八坂神社参道・祇園商店街の中にある浄土宗の小さなお堂。 開山は平安中期、本尊は地蔵菩薩、当初は四条橋東北に祀られたお地蔵さんで防鴨河使・中原為兼がこの地蔵尊に止雨を祈願したところ雨が止み洪水も収まった事から中原氏の姓に人と水を加え朝廷…

八坂神社

「京都東山立春パワースポット巡り」最後のパワースポット「八坂神社」。 主祭神は「素戔嗚尊」「櫛稲田姫命」「 八柱御子神」 の三神でスサノヲ一族が祀られて、明治初期の神仏判然令(神仏分離)以前は「牛頭天王 」「八王子」「頗梨采女」 と名前は変われ…

浄土宗総本山・知恩院

青漣院から神宮通りを知恩院へ。 ちょうど16時を過ぎた処で三門は閉じられ参拝は叶いませんが、1212年法然上人入滅、門弟たちが終焉の地である大谷に廟堂を築き、1604年徳川家康が、粟田口の守りを固める役割を持たせ青蓮院の地を割き寺地堂舎を造堂、現在の…

青蓮院門跡

天台宗の三門跡寺院とされ門跡寺院らしく現在の門主は上皇の従兄弟・東伏見慈晃 師。 1788年「天命の大火」で御所内裏が焼失した折仮御所と成ったため「粟田御所」とも呼ばれ、日本三不動の1つ「青不動」の寺でもある格式の高い寺院と言えます。 御本尊は「…

粟田神社

876年天皇に奏上された災いを封じる為、藤原興世が勅使として八坂神社に奉じお告げにより八坂神社の新宮として創建されたのが当神社、なのでご祭神は八坂神社と同じ素盞鳴尊 大己貴命を御祭神とされます。 古くから粟田口は「京の七口」と呼ばれ京都の東の玄…

鍛冶神社

粟田神社参道坂道、二之鳥居をくぐった左の駐車場片隅に粟田神社末社「鍛冶神社」。 粟田口の刀工、三条小鍛冶宗近・粟田口藤四郎吉光と作金者(かなだくみ)の祖である天目一箇神を祀る鍛冶の神様。 京都で刃物を扱う人達にとっては良く知られた神社で、知る…

梅宮社・明智光秀公の首塚

狛ねずみの大豊神社から京都市バスで東山三条へ、そこから三条通を少し東の白川沿いを少し南に、今回の「京都立春パワースポット巡り」二つ目の目的地「梅宮社・明智光秀公首塚」。 明智光秀公の首に関しては諸説ありますが、吉田兼見「兼見卿記」に割と詳し…

京都立春十二支パワースポット巡り・庚子『大豊神社』

毎年年が明けると、上方の松の内とされる15日 20日までにはその年の十二支に因んだ京都の神社仏閣を尋ねますが、今年は子年と云う事で白川沿いの「狛ねずみ」で名の知れた「大豊神社」が昨年末からTVやNETなどでの露出度が高くスゴイ人出の様で逡巡して居る…

お化粧地蔵尊

「京都立春パワースポット巡り」の移動途中、東天王町バス停近くの「黒谷・金戒光明寺」南の岡崎でお化粧地蔵尊に遭遇。 お化粧地蔵尊は京都府宮津市周辺や福井県小浜市など日本海側と青森県津軽地方に多く見られる風習で、地蔵盆の風習の有る京都や小浜では…

檀王法林寺

門前の京都市バス京阪三条バス停で「京都立春パワースポット巡り」のバス待ち時間中「檀王法林寺」参拝。 山号院号寺名は「朝陽山 栴檀王院 無上法林寺」、仏法を求めて明に渡ろうとして果たせず途中滞在した琉球で浄土宗布教に尽くした袋中上人が帰国後1611…

史跡ハイキング『まぼろしの港、長柄船瀬を探る・高瀬神社』

鴻池新田会所主催の史跡ハイキング、大枝公園から「高瀬神社」。 主祭神は日本神話では最初の神とされる「天之御中主神」、辺りは古来より交通の要所で淀川舟運の拠点であり、幾度か戦火に見舞われその都度再建を繰り返し現代の小さな社殿に成りましたが、往…

御霊神社(大阪)

大阪科学技術館でのシンポジウムの帰り「御霊神社」。 大阪に住んでいながら上下とも京都の御霊神社には結構行ってますが、大阪の御霊神社にはめったに来ることは無くて10年位前に大阪あそ歩のガイド研修の折立ち寄った覚えが有ります。 日本国内に御霊を名…

うつぼ・楠永神社

靭公園の片隅の小さな祠「うつぼ楠永神社」。 元々この辺りに産土神を祀る圓神祠と呼ばれる祠が有ったそうですが1584年御霊神社に遷座し現在は樹齢300年とも言われる大楠木がご神体の「楠永神社」がお祀りされています。 空襲で焼け残ったこの楠木、戦後米軍…

港住吉神社例大祭

大阪メトロ・大阪港駅の改札を出た処で祭太鼓の響きが聞こえ港住吉神社例大祭・枕太鼓の太鼓台「氏子中」渡御に遭遇。 港住吉神社は住吉大社の境外社、1842年航海の安全を祈願して天保山山頂に祀ったのが始まり、その後天保山山頂に砲台の設置や移った先で天…

総本山『仁和寺』

御室桜で名の知れた京都「仁和寺」でお花見。 すでに桜の最盛期は過ぎて、入山時「散りぞめ」の看板が下山時には「落花さかん」に取り換えられたりしていて気温変化も有りますがあと数日といった処で、いよいよ近畿の桜も来年まで見納めの様です。