平安神宮を後に、「冷泉通り」を西「琵琶湖疏水」に向かいます。
「冷泉通り」を西に突き当たった正面。
左「京懐石・いく田」、右「京都竹刀工房」。
「ロームシアター京都」上空「トンビ」さん。
平安神宮を琵琶湖疏水沿いに曲がった辺りで、手に持った食べかけの八つ橋を猛禽(トンビ?)にアッ!と云う間に浚われましたが、上がその「トンビ」。
鴨東運河(琵琶湖疎水)に架けられた正面の冷泉橋を渡ります。
琵琶湖疏水沿いに在ります「得長寿院跡」。
「得長寿院」は「鳥羽上皇」御願寺の一つ。
「平忠盛」が造営した観音堂には十一面観音や等身聖観音千体が安置されており、現存する蓮華王院(三十三間堂)と同規模の建築であったといわれます。
この石標は「得長寿院観音堂跡」を示すものです。
保存されてる旧徳成橋親柱。
架け替えられた徳成橋の袂に、以前の「徳成橋」の親柱「大正二年五月竣工」と刻まれてます。
こちらは崩し字で「とくせいばし」。
「琵琶湖疏水」に付いては、語りだすと長くなるので京都市HPリンクを参照ください。
以下簡単に、京都市HPより一部を紹介。
明治に完成した疏水により,琵琶湖から毎日約200万立方メートルの水が送られてきますが,その利用用途は時代とともに大きく変化してきました。
今日疏水は水道用水の他,発電,疏水路維持の舟運,かんがい,防火,及び工業など多目的かつ効率的な水利用がされています。なかでも水道用水が占める割合は発電をしのいで首位にあり,市民の貴重な水道水源としてますます価値を高めるとともに,これからも計り知れない恩恵を与えてくれるでしょう。
1200年を超える歴史を持つ京都に,当時最新の技術を取り入れた疏水はもうすっかり京都の風土に溶け込んで景観を形づくり,蹴上インクライン及び南禅寺水路閣は国の史跡に指定され,また,哲学の道のゲンジボタルとその生息地は京都市の文化財として登録されており,山科疏水,哲学の道及び岡崎公園周辺などとともに,市民や京都を訪れる人々にとって名所の一つとなっています。
琵琶湖疏水「夷川ダム」と第3代京都府知事「北垣國道」像。
ここでは発電もしています。
琵琶湖疏水の北側の「竹屋町通り」へ、「京都版画館・版元まつ九」。
以上で、冬の京都『新春洛東パワースポット巡り』3部作終了です。
今回は、全体に少し詰め込みすぎと「金戒光明寺」が思っていた以上に広大で回りきれませんでした。
次回、京都御苑・自然教室は4月25日(日)と少し間が空きますので、2月~3月にでも再訪しようと「棟梁」と相談していますが、上手く皆さんの調整が出来ますか・・・・・。
京町屋。ここを過ぎた辺りで「川端通り」に戻ります。