与謝蕪村の句碑

 淀川左岸毛馬の堤防上に「与謝蕪村」の句碑が建立されてます。

 与謝蕪村生誕の地「毛馬村」は、1897年から始まった淀川河川改修工事で大半が川底に沈み同地に存在した小さな句碑は移転されましたが、1974年からの淀川改修百周年記念事業の一つとして同じ句を刻んだ句碑の復活が取り上げられ、現在地の淀川左岸毛馬堤防上に1978年2月に官民協力により再建復活、近くに建てられた「蕪村生誕地」碑は1979年3月に大阪市が追加した石碑です。

 芭蕉、一茶 と並び称される俳諧の巨匠であり、江戸俳諧中興の祖とも謂われる「与謝蕪村」ですが、生誕の地「摂津国東成郡毛馬村(大阪市都島区毛馬町)」には17,8歳の頃村を出て江戸に下り、42歳で京都に居を移してからも一度も帰らず、評価が定まったのは明治中期以降の事で余り地元の偉人感は感じませんが、都島区役所などでは盛んに顕彰活動を行って行く様です。

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 句碑に刻まれた句は「春風馬堤曲 十八首」中の一首「春風や 堤長うして 家遠し」が刻まれています。

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「蕪村礼賛」の陶板画。f:id:jotoyumekoi:20210905154005j:plain

句碑前から淀川河川敷。f:id:jotoyumekoi:20210905153930j:plain

句碑直ぐ西には「毛馬こうもん」。f:id:jotoyumekoi:20210905153920j:plain