昨年3月に解散した「天王寺区未来わがまち会議」から派生した団体で、会費制の「てんのうじ知りたい倶楽部」が主催、その設立記念ウォークも兼ねてるんだそうです。
お寺巡りまち歩きウォークの形態を執っていますが、立ち寄ったお寺それぞれで住職のお話を伺うのが主体で、通常のまち歩きとは一味違ったツアーですが、お話をお聴きするのがテーマと成るとそれぞれで時間が係り13時30分開始、終了時刻が18時過ぎ、なんとなんと5時間近くのツアーに成りましたが、さすがに地元の方プロデュースでまさに「知りたいウォーク」でした。
天王寺区民センターから光傳寺、萬福寺、源聖寺、梢念寺、大連寺、そして生魂さん辺りで解散と松屋町筋を北に巡りますが、幕末に新選組が大坂屯所を置いた事で知られる萬福寺が含まれていて、境内を解放されている他寺と違い普段は山門を閉じられてるお寺で、本ツアー楽しみの一つなんです。
谷町筋・天王寺区民センターから学園坂を松屋町筋・光傳寺に向かいます。
佛迎山感應院・光傳寺
予定解散時刻は、1時間位オーバーした様ですね。
浄土宗のお寺で本尊は阿弥陀如来。
第2次大戦の空襲で焼失しましたが、先代住職がその数年前に光傳寺の姿を絵に残していた事で知られます。
上町台地の緑深き裏庭。
光傳寺境内に祀られている淡島神社分社。
嶺卓山松林院・宋念寺
本堂。
モダン寺で、やはり浄土宗。
先代住職が空襲の猛火の中抱きかかえて池に飛び込み少子何時をまぬかれた阿弥陀如来像で、左手が上、右手が下の坂手阿弥陀如来像、10体くらいしか確認されてない仏さんだそうです。
上町台地の緑が借景。
新選組が幕末4年間大阪屯所を置いたお寺。
庫裡。
本堂。
当寺は周辺に多い知恩院系の鎮西派浄土宗では無く、西山派浄土宗。
広い枯山水の裏庭。
お墓の向こう、上町台地の緑。
天王寺七坂「源聖寺坂」。
東営山西岸院・源聖寺
という事で、東営山西岸院・源聖寺。
このお寺は常時山門を開かれていて有名寺院の一つです。
やはり戦災を受け本堂はモダン寺。
源聖寺から臨寺越しにハルカス。
安阿弥作と伝えられる寺宝・本尊阿弥陀如来と鎌倉時代の木像仏・延命火除地蔵尊の前で現住職。
救世観音菩薩 、通称「花の観音様」。
お祀り方を思案していたころ、コサージュデザイナーの若い女性から 「紐をつけてそこにお花をつけたらどうですか?」 助言され、その様にした処、お参りする方が願いを書いた布の花を繋げ出し、現在のお姿に成りました。
生玉の森。
泥洹山単信院・梢念寺
山門は江戸中期、登録有形文化財。
此方も浄土宗、モダン寺。
振り返ればハルカス。
ハスの鉢。
本堂から松屋町筋。
欄間には天女と迦陵頻伽。
四隅に四天王。
阿弥陀如来の前でご住職。
お庭には滝が流れ錦鯉が十数匹。
墓石です。
大蓮寺塔頭・應典院
最後のお寺、如意珠應山極楽院・大蓮寺のお隣。
ここはお寺と云うよりコニュニティ―スペースとしても有名な所です。
本堂に廻ります。
吉本芸人塚。
カンボジアで凶弾に倒れた中田厚仁さんのお墓と記念碑、中田家のお墓。
應典院経営のパトマ幼稚園。
本堂前、住職の秋田さん。
教会の礼拝堂の様な雰囲気です。
秋田さんのお話。
元シナリオライター。
劇場としても使われていて照明施設。
2階廊下。
このお寺も常時解放されています。
この後午後6時半頃高津神社・真言坂で解散。
振り続く小雨の中只今午後8時、何と無く天王寺区谷九より歩きたくなって漸く京橋。
京橋中央商店街、ハロウィンの飾り付け。