慧日山・東福寺

 過行く秋を惜しみながら紅葉を求めて、京都随一の紅葉ともいわれる東福寺へ。

 東福寺は、臨済宗東福寺派大本山、1236年より1255年まで19年を費やして完成、本尊は「釈迦如来」 開山は聖一国師円爾」、開基は摂政・九条道家、当時盛大を極めた南都・奈良の東大寺興福寺の「東」と「福」の字を取り京都最大の大伽藍として創建、禅宗京都五山第四位の禅寺として中世、近世を通じて栄えた大寺院です。

 明治の廃仏毀釈の影響か1881年に大火があり、仏殿、法堂、方丈、庫裏などが焼失、現在の本堂、方丈、庫裏などは明治以降の再建。

 歴史の荒波に翻弄され、縮小されたとは云え今なお25ヵ寺の塔頭を有する大本山です。

 

重文・六波羅門から境内へ。f:id:jotoyumekoi:20190903021024j:plain

禅宗の三門としては、高さ約22m、大仏様、禅宗様、和<様を組み合わせた、室町時代創建の日本最古で最大の三門だそうです。f:id:jotoyumekoi:20190903021035j:plain

国宝「三門」。f:id:jotoyumekoi:20190903021046j:plain

防長忠魂碑。
長州藩を形成した周防と長門の戊辰戦役での忠魂碑。長州藩と関係の深い寺院ですね。f:id:jotoyumekoi:20190903021059j:plain

本堂(仏殿・法堂)。f:id:jotoyumekoi:20190903021110j:plain

本堂に祀られた本尊「釈迦立像」。
脇に「摩訶迦葉尊者」「阿南尊者」、「四天王」を安置。f:id:jotoyumekoi:20190903021131j:plain

本堂・天井の雲竜図は「堂本印象」画伯作。大きさは体長54m、胴廻り6.2m。f:id:jotoyumekoi:20190903021121j:plain

本堂(仏殿・法堂)。
1881年焼失後1934年再建、起工から竣工まで17年を要し復興させた昭和の木造建築中最大の建物です。f:id:jotoyumekoi:20190903021330j:plain

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「方丈」。f:id:jotoyumekoi:20190903021143j:plain

方丈への禁門。
方丈庭園 は通常は周囲三面に成るのですが、東福寺の方丈庭園は異色で,その四周・東西南北に庭園をもっていて、1938年重森三玲氏が作庭し「釈迦成道」を表現「八相の庭」と命名され、近代禅宗庭園の代表として広く世界各国に紹介されています。f:id:jotoyumekoi:20190903021252j:plain

方丈への禁門。f:id:jotoyumekoi:20190903021321j:plain

中門から京都府指定文化財「経蔵」。
左の小さな建物は京都府指定文化財東福寺大鐘楼」。f:id:jotoyumekoi:20190903021154j:plain

本堂から通天橋に続く回廊。f:id:jotoyumekoi:20190903021205j:plain

重要文化財「禅堂」。f:id:jotoyumekoi:20190903021218j:plain

境内には臨時の出店も多数あり、人出と相まって広い境内も狭く感じます。f:id:jotoyumekoi:20190903021238j:plain

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