最近は展示内容が変わると欠かさず来てる大阪歴史博物館の特集展示、第138回は「大阪の太子信仰 -旭区太子橋の太子講資料-」。
大阪市旭区太子橋の旧家で長年行われていた「太子講」、2000年にその歴史を終えるに当たりその祭具や太子像・太子絵伝などの掛軸が大阪歴史博物館に寄贈されその資料を中心に大阪と聖徳太子との関係性を聖徳太子伝や古地図など大阪歴博の収蔵品と共に辿って行きます。
「太子講」というと、聖徳太子が寺院建立に大きな功績を残す事や「曲尺」を発明したと云う言い伝えを元に聖徳太子をご祭神にして建築関係の職人、特に大工職の行事として今でも日本各地で祀られているのが良く知られていますが、旭区太子橋の「太子講」は、聖徳太子が寺院(四天王寺)建立のため太子橋辺りを訪れ、近くの大庄屋で休息その大庄屋が代々「太子講」を継承されたと云う伝承が残っていて、他の「太子講」との整合性は余り感じられませんが、ひょっとすると森ノ宮の「元四天王寺」伝承とも関連が有りそうにも思えるお話では有りますね。
旭区太子橋の太子講祭壇、祭具は浄土真宗大谷派の祭具と同じですね。
寄贈された聖徳太子絵伝、軸四幅。