大阪市役所江之子島庁舎跡

 1888年に全国に施行された市政の内、東京市京都市大阪市の3つの市を1889年から市制特例を適用、推薦による市長は置かず府知事と府職員が市の職責を兼務し1889年大阪市が発足。

 その後1898年市制特例が廃止され、府庁から大阪市が分離され最初の市庁舎・大阪市役所が置かれたのが現大阪市西区江之子島のこの地。

 大阪市が設置される以前の大阪では、1869年江戸時代からの大坂三郷を再編し東大組、南大組、西大組、北大組の4大組に分割、その後1875年4大組が第1大区、第2大区、第3大区、第4大区の4大区となり、1879年東区、南区、西区、北区(旧)の4区が発足、各区は法人格を持ち、区会(区議会)にて運営され、中等教育と戸籍や不動産登記簿を管理するなど財産区を併せ持った様な法人区で有り、大阪市発足より10年以前に江戸時代よりの自治組織を受け継いだ行政組織が機能していました。

 本来大阪市と云う行政組織は、自由民権思想が蔓延するのを嫌った明治政府が、中央集権制をより強化するため置かれたと私は理解してます。

 

「雑喉場橋之碑」から本町通を少し西に行った所のマンション植え込み。

マンション植え込みの一角。