郵政民営化以前は特定郵便局だったんだと思いますが、民営化後の分類は「無集配の直営局」に成る様で、局内の壁には上七軒らしく芸妓・舞妓の源氏名入りの団扇が飾られ絵になる雰囲気の郵便局です。
北野を名乗る郵便局は各地にあるので、局員さんに名称を「上七軒郵便局」に変えたらと言ったらやっぱり駄目なんだそうです。
北野天満宮の帰り、東門から出て七本松通りまで西陣の奥座敷「上七軒」を散策します。
「上七軒」とは京都を彩る五花街のうち最古でその格式を誇る花街で、その歴史は室町時代まで遡り幕末には土方歳三と上七軒の芸妓・舞妓とのロマンスが逸話として新撰組ファンの間で語り継がれています。
戦前まではお茶屋50軒、芸妓舞妓多数を有する大花街でしたが戦後は衰退し現在はお茶屋置屋も数件、舞妓芸妓も22人に成ってますが、2013年2月 電柱の地中化が京都市により完成、常夜灯を設置した石畳風舗装が整備され、観光地として発展しようとしてる様です。
右側の建物に沿って「上七軒通り」。
上七軒通り。
電柱が有りません。
右端に京都市が設置した常夜灯。
仕出し屋「おかもと」。
芸者置屋「勝ふみ」。
お茶のお店「山城屋」。
京豆腐懐石の「くろすけ」。
右に常夜灯が見えます。
和風雑貨の「弓月」。
鍾馗さんがこんな所に。
路地の奥のあま酒屋。
電柱が有りません。左に常夜灯。
置屋「尚子」。
「GRACE SAISON」ケーキ屋さんです。
「上七軒・億」デザイナーホテルだそうです。
特定局だと思いますが北野郵便局
脇道にも続いてる様です。
そば屋「ふた葉」。
瓦屋さんですかね。
北野天満宮前の今出川通を少し西に豆腐料理「とようけ茶屋」の隣、北野天満宮前バス停前に小さな地蔵堂が二つ並んで建ってます。
左の少し大きな地蔵堂に収まる「お別れ地蔵尊」、掲げられた町内会の由緒書きによると「明治維新のおり廃仏毀釈の難に逢い若狭国小浜より老僧の背に負われて逃れてきたが、この紙屋川町の地で僧力尽きて倒れたという」その背負われてきた地蔵尊に仏縁を感じた町内の人々によりお祀りされてきた地蔵尊なんだそうで、「お別れ」の名称は金閣寺裏山に以前存在した蓮華谷火葬場へ向かう葬列がここで今生のお別れをした事からだそうですが、少し位置関係がずれてるのは近年東に50m移動したからだそうです。
他に禁門の変の戦火を逃れここに運ばれたという話も伝わってるそうですが、左の小さな地蔵堂に数体のお地蔵さんがお祀りされてるのでその様な事も有ったんだと思います。
映り込みで中の写真が上手く撮れませんが、お地蔵さんは木の厨子に納められていて左横の阿弥陀さん金色の光背が少し写ってます。