浜大津『大津城跡』

 滋賀県で企画された「 ❝ 暮らしの宝湖 ❞ 琵琶湖と暮らしを訪ねるエクスカーションツアー」に参加の途中で、今は大津港と言うそうですが琵琶湖畔の浜大津

 一連の「関ケ原の戦い」中「大津城攻防戦」で有名な水城。

  江戸時代の絵図などに依ると、本丸は琵琶湖中に島の様に浮かび陸側に三重の堀を巡らせた水城で、東西約700m、南北約600mに及び琵琶湖水運の要に相応しい規模だったようです。

 築城年が1586年、明智氏が1582年滅亡後その居城であった坂本城を廃城にしその資材などを用いて豊臣秀吉の命により浅野長政が新たに築城、関が原戦後徳川家康に依り廃城とされ戦禍を免れた建物は膳所城や彦根城に移築されたとされます。

 

大津港f:id:jotoyumekoi:20200822002034j:plain

京阪・びわ湖浜大津駅から琵琶湖に向かって陸橋を下りたところ。f:id:jotoyumekoi:20200822002048j:plain

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琵琶湖岸モニュメントの手前辺りが本丸跡。f:id:jotoyumekoi:20200822002113j:plain

京阪・坂本駅

 朝8時過ぎに家を出ての「立春十二支パワースポット巡り 丙申・日吉大社」も16時近く、立春とは云え冬の日は早く少し遅く成りましたが平日の事で家路を急ぎます。

 

京阪・坂本駅f:id:jotoyumekoi:20200705190024j:plain

座布団が置かれた待合シート。f:id:jotoyumekoi:20200705190005j:plain

ヒヨドリが熟した柿を啄んでます。f:id:jotoyumekoi:20200705190044j:plain

穴太衆積みの石垣

 滋賀県坂本といえば「穴太衆積みの石垣」

 最初に、石垣を積み郭を巡らした本格的な城郭建築は安土城とされ、その石垣を築いたのが穴太衆と言うのがこれまでの定説でしたが、最近の研究では美しく積み上げられた穴太積みの技術が確立されるのは江戸時代半ば以降で、発掘調査の結果も非常に多様な積み方がなされてる様です。

 処で私がいつも思ってる疑問が、大坂城の石垣の事で、秀吉の大坂城以前に存在した大坂本願城に石垣は存在せず土塁の城とされてますが、大坂本願寺城を称するとき「石山」とも称され、その「石山」とは、大坂本願寺城外壁の石積みの事ではないでしょうか。

 

京阪大津線坂本駅近く穴太積みの石垣が続きます。f:id:jotoyumekoi:20200704174541j:plain

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芙蓉園・本館f:id:jotoyumekoi:20200704174617j:plain

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 穴太積み石垣が続く日吉大社参道。
石の大鳥居を越え、坂本駅に向かいます。f:id:jotoyumekoi:20200704174740j:plain

山王園 叡麓庵・水琴窟

 日吉大社の帰り、坂本駅まで続く参道 日吉馬場沿いに水琴窟の案内板。

 地元の方が子供たちに聞かせたくて40年前自宅の庭に作った水琴窟で、自由に出入りできるように解放されてます。

 

参道沿い、自由に見学できます。f:id:jotoyumekoi:20200703122807j:plain

石臼を飛び石にされてます。f:id:jotoyumekoi:20200703122820j:plain

右がご自宅の様で「山王園 叡麓庵」と扁額がかかってます。
奥に見える大きな樽は、醤油樽を利用した茶室で現在は使用して無い様で、その左奥に水琴窟が有ります。f:id:jotoyumekoi:20200703122831j:plain

軒先には大きな甕が置かれていますがこれもいずれ水琴窟に利用されるようです。f:id:jotoyumekoi:20200703122843j:plain

プリンセストヨトミ・大坂城の抜け穴

 豊臣秀頼の嫡男「国松」が、大坂城の抜け穴と思しき洞穴に潜んでいる映画「プリンセス・トヨトミ」の冒頭シーンを覚えていますか?

 その撮影現場が、滋賀県坂本、日吉大社の帰りに一休みした芙蓉園本館お庭の穴太積み旧白豪院洞穴の一部です。

 

入口には案内の駒札が立ってます。f:id:jotoyumekoi:20160203150607j:plain

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映画では夏草で覆われてますが、撮影用のセットだったようです。f:id:jotoyumekoi:20160203151052j:plain

旧白豪院洞穴(芙容園本館庭園)

 料亭・芙容園本館の庭園に有る「旧白豪院洞穴」、国の名勝「延暦寺坂本里坊庭園」に指定された庭園内の穴太積み石垣の洞穴。

 この地は比叡山延暦寺里坊「白豪院」が有った所、洞穴は嘉永年間築造で院主の貧民救済事業で作られたそうです。

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芙蓉園本館(旧白毫院庭園)

 日吉大社の帰り、一休みに立ち寄った料亭・芙容園本館

 この地は比叡山延暦寺里坊「白豪院」が有った所でお庭が江戸時代初期の作庭、中心に池を設け,その周囲に園路を巡らし、築山、池中に設けた小島、橋、名石などで各地の景勝などを再現した江戸時代の代表的庭園形式で、桂離宮・金沢兼六園・岡山後楽園などもこの様式に成ります。

 坂本伝統的建造物群保存地区内の「池泉廻游式庭園」で国に名勝指定され、周囲を穴太積みの石垣に囲まれ、重厚な雰囲気を感じるお庭です。

 

穴太積み石垣を回り込んでいくと芙蓉園本館f:id:jotoyumekoi:20200704174617j:plain

正面玄関には入母屋破風をあしらった寺院建築の様な主屋ですが、此方はお庭から。f:id:jotoyumekoi:20200704180102j:plain

池の周りを廻ります。f:id:jotoyumekoi:20200704180115j:plain

何処の景色を模してるんでしょうか、ひょっとして琵琶湖かな。f:id:jotoyumekoi:20200704180128j:plain

滝を落としてます。f:id:jotoyumekoi:20211103052225j:plain

薬草に成るラン科の植物「石斛」。f:id:jotoyumekoi:20211103052236j:plain

日吉大社・遮那王大杉

 日吉大社・三の鳥居の手前、比叡山への登山口付近に佇む杉の古木「遮那王大杉」。

 幹周はおおよそ5.5m、根本に祠が祀られ、周囲には柵が設置され禁足地とされますが、根本の祠は見当たらず、周囲の柵も一部分だけでした。

 遮那王とは、牛若丸・源 義経の稚児名。

 

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