金地院

 花粉の事や人込みを避けてなんか考えてて、足早に通り過ぎてくサクラに追いつけなくて慌て気味の「京都東山お花見・哲学の道」から「南禅寺塔頭・金地院」。

 徳川幕府の礎を作り徳川家康の政治外交を支えたブレーン「以心崇伝・金地院崇伝」の住まいした塔所「金地院」。

 以心崇伝は、徳川幕府創成期 寺院諸法度武家諸法度禁中並公家諸法度などの諸法を定め、伴天連追放之文を起草するなど外交貿易も執り行い、民生面では戸籍の管理を寺院が行う檀家寺請制度を発案、宗教面では禅僧の人事などを統括する僧禄に任じられ以後も金地院には僧録司が置かれ、幕末まで五山十刹以下の禅寺を統括する最高機関と成り、その影響力は徳川幕府行政すべてに及び後の世に黒衣の宰相などと称され権勢を振るい、20万石の格式を与えられ幕府内の席次は御三家に次いだと云われ、時代劇などに出てくる老中・奉行らの合議制による幕閣が形成されるのは以心崇伝の死後に成ります。

 南禅寺中門を出て参道の途中左に表門があり、表門をくぐり少し行くと右に大門が有り、重文の方丈や小堀遠州作・鶴亀の庭、家康の遺言に依る三東照宮中一社の東照宮(重文)などが広がっています。

 今回の「京都東山お花見」ツアーも後一カ所「蹴上インクライン」に向かいますが、遠目に見ても桜は余り残って無いようです。

 

南禅寺参道、金地院表門。f:id:jotoyumekoi:20200401022643j:plain

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大門。f:id:jotoyumekoi:20200401022723j:plain

特別拝観中。f:id:jotoyumekoi:20200401022734j:plain

方丈の前庭、小堀遠州作「鶴亀蓬莱の庭」。f:id:jotoyumekoi:20200401022748j:plain