史跡ハイキング『まぼろしの港、長柄船瀬を探る』

 これまで何回か、付け替え以前の主に北河内の旧大和川川筋や平野川川筋を巡るなどが催行され参加したかった「史跡重要文化財 鴻池新田会所」主催の史跡ハイキング、今回のテーマは「まぼろしの港、長柄船瀬を探る」に初めて参加。

 ネタ元は「住吉大社神代記」の「長柄船瀬本記」らしく、それならば当時の該当地域は湿地の様な浅瀬が広がっていて「港」と呼べるような構造物は無くて、今回のテーマを正確に言えば「まぼろしの港とも言える、長柄船瀬を探る」に成ると思います。

 処で、住吉大社の「長柄船瀬本記」から場所を比定すると、京阪本線京橋駅から守口市駅京阪本線両サイド一帯に成る様で、今回ご案内の鴻池新田会所学芸員・別所さんによると京橋駅から少し東に国道1号線の北側辺りとされてる様で、私の住まいする地元辺りに成ります。

 今回のコースは、京阪守口市駅大枝、高瀬、高瀬川跡、千林駅旧淀川堤防跡、推定強頸絶間跡、関目、野江、京橋駅

 以上を廻り、見どころは守口市駅すぐ北に残された文禄堤址に成ると思いますが、別所さんの案内で川筋も定まらなかった旧淀川筋の所々に残された自然・人口の堤防痕跡を探りながら京橋で解散、私は地元なんで皆さんとは少し手前で別れる予定でしたが、9月末の事で対策を怠り季節外れの真夏日に当たり森小路辺りから生まれて初めて熱中症に成ったらしく、途中まで付き添って頂いて近くの事でなんとか家に帰りつきましたが、帰路が遠ければ救急車のお世話に成ったのかな。

 

京阪守口市駅東口を出た処で、文禄堤本町橋を背に別所さんの解説。f:id:jotoyumekoi:20191001121301j:plain

文禄堤を切り開いて作られた道に架けられてる本町橋、橋上の道が京街道f:id:jotoyumekoi:20191001121311j:plain

文禄堤に上がり京街道沿いの復元された高札場。f:id:jotoyumekoi:20191001121322j:plain

文禄堤上、京街道を歩きます。
カフェ「BUNROKU 文禄堤薩摩英国館」。f:id:jotoyumekoi:20191001121333j:plain

みよし写真館。f:id:jotoyumekoi:20191001121343j:plain

みよし写真館のうだつ、漆喰で家紋?が入れられてます。f:id:jotoyumekoi:20191001121354j:plain

京街道文禄堤から奈良・野崎に向かう古堤街道(野崎街道)に向かう古道「来迎坂」。f:id:jotoyumekoi:20191001121405j:plain

下の地図、オレンジ色の太線が京街道文禄堤f:id:jotoyumekoi:20191001121415j:plain

廃業され空家に成った? 3代続いた元提灯屋さん
ここから国道八島交差点に一旦出て折り返します。f:id:jotoyumekoi:20191001121427j:plain

元提灯屋さんのうだつ、漆喰の細工が有ります。f:id:jotoyumekoi:20191001121438j:plain

先ほど通過したカフェ「BUNROKU 文禄堤薩摩英国館」f:id:jotoyumekoi:20191001121449j:plain

文禄堤
安土桃山時代の文禄5年(1596)、豊臣秀吉は、毛利輝元らに命じて、淀川左岸に京都と大坂を最短で結ぶ陸路を整備させました。これが京街道または大坂街道と呼ばれる堤防道です。この文禄堤の長さは約27キロメートルといわれていますが、淀川の改修等でその多くは姿を消しており、ここ守口にのみ面影をしのぶことができます。
以上守口市HPよりf:id:jotoyumekoi:20191001121459j:plain

本町橋から守口市駅
ここで文禄堤を下りて高瀬神社に向かいます。f:id:jotoyumekoi:20191001121510j:plain

私などが見ると七曲りと思ってしまいますが、別所さんによると旧淀川増水時の逃げ水筋なんだそうで、この辺りの地名「大枝」は逃げ水の川筋を現すそうです。f:id:jotoyumekoi:20191001121526j:plain

大枝公園。f:id:jotoyumekoi:20191001121539j:plain

高瀬神社f:id:jotoyumekoi:20191001121552j:plain

この辺りの地名「高瀬」の起こり高瀬川跡。f:id:jotoyumekoi:20191001121605j:plain

千林への道すがら。
右の蔵は石積みで嵩上げされてます。f:id:jotoyumekoi:20191001121615j:plain

長屋門f:id:jotoyumekoi:20191001121625j:plain

お昼休み後、千林のガードをくぐり千林商店街へ。f:id:jotoyumekoi:20191001121635j:plain

京阪・千林駅前の薬店、現在のお店とは関係ありませんがダイエーの前身「サカエ薬局」創業の地で、若い頃の中内さんがお店に居られたそうです。f:id:jotoyumekoi:20191001121701j:plain

千林商店街アーケード裏の緩い坂道、堤防の痕跡だそうで、この辺りには至る所に残されてます。f:id:jotoyumekoi:20191001121646j:plain

強頸絶間。
日本書紀にて武蔵の人強頸が人柱にされたとある淀川茨田堤の決壊地。
石碑自体は個人宅地内に在り、塀の外一角に案内板が建てられてます。f:id:jotoyumekoi:20191001121713j:plain

城北川古市橋手前の公園に建てられてる京かいどう案内碑f:id:jotoyumekoi:20191001121725j:plain

公園横の道が路面電車時代の京阪線路。f:id:jotoyumekoi:20191001121738j:plain

城北川古市橋の歴史案内板。f:id:jotoyumekoi:20191001121748j:plain

関目神社。
私は熱中症でフラフラで、此処から都島通を少し南に行った辺りで別れます。f:id:jotoyumekoi:20191001121801j:plain

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