八阪神社(下之宮)

 唐人澪まち歩きの途中大正区三軒家東で「八阪神社」。

 此の地では最も早く守護神として素盞鳴尊を勧請した神社と伝えられ、当社地から北西600mほどにも「八坂神社」が鎮座して両社合わせて「八坂神社」とされる様ですが、こちらは「下之宮」あちらは「上之宮」と称され、八坂の坂の字が下之宮は「阪」、上之宮は「坂」の字を使います。

 大正区では、明治末期の神社合祀で当社以南の神社は二社しか現存していない様で、港湾地区で倉庫ばかりが目立つ大正区ですが、何となく寂しい様には何時も感じます。

 1647年 中村勘助(木津の勘助)の勧請と伝わり、家屋が三軒しか存在しなかった事から「三軒家」と名付けられた当地の同社創建時はどんな風景だったんでしょうか。

 処で「木津の勘助」ですが、今に伝わる剛毅な逸話から「侠客」扱いされる様ですが、わたしは土木技術者だったんだと思っています。

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拝殿。
左の赤い鳥居は境内社のお稲荷さん。f:id:jotoyumekoi:20210301002711j:plain

御神木の大楠。f:id:jotoyumekoi:20210301001743j:plain